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カウンタックはどこへ(その1)

カウンタック誕生後のランボルギーニといえば、

オイルショック・排ガス規制などスーパーカー冬の時代、
1974年カウンタックが市販されると、翌年にパオロスタンツァーニが社を去ってしまう。
そして、1978年4月に倒産するが、その直後スイスの実業家ミムラン兄弟に救われ
どうにか80年代まで生き延びることになる。

そんななか85年にミナルディ、アウトデルタとレース畑を渡り歩いてきた、
ルイジ・マルミローリ技師がチーフエンジニアとしてランボルギーニにやってくる。
真っ先に取り掛かったのはカウンタックの後継モデル"P132" の制作だ!!

資金力も人でもない・・・基本設計を流用するしか選択肢ないモデルチェンジだった。

パッケージがある程度決まるとスタイリングが発注された、
前回と同じく79年にベルトーニから独立したマルチェロ・ガンディーニだ!
86年の5月にはスケールモデルの完成させる。エッジの効いたデザインだ!!
しかし、そこからは資金もなく開発は滞ってゆく・・・

Diablo01.jpg

ところが、事態は急変する。クライスラーによる買収が持ち上がったのだ!!
仕掛けたのは、あの"リー・アイアコッカ"!!
フォード社長時代にデ・トマソを買収し"パンテーラ"を開発させたその人である!
78年に会長のヘンリー・フォード2世に
「別に理由はない。俺はお前が好きでなくなっただけだ」の一言で解雇されるや
すぐにライバル会社 クライスラーの社長に就任!
深刻な経営危機を数年でV字回復さてしまう。

そんなアイアコッカ買収の動きも素早く。
87年6月にランボルギーニを正式に買収!
あと半年遅かったら11月に起こる世界的株価暴落ブラックマンデーで
買収の話はどうなっていたかと思うと絶妙なタイミングだった!

Diablo02.jpg

その後、金も口も出すアイアコッカは、ガンディーニにデザインを修正させる。
新しい案を見たアイアコッカや上層部は気に入ったようなのだが・・・
こんどは、デトロイトのデザインセンターのデザイナー達が寄って集って改修する!
結果、1990年あのマイルドなデザインの"ディアブロ”が誕生する。

Diablo03.jpg

ここで少し時を戻して1985年11月トリノショーのプレスデイ。
そこにいたのはカウンタックの設計者、パオロ・スタンツァーニ
そしてその隣にはフェルッチオ・ランボルギーニがいた。
二人は退職後も交流がありショーの見物に来ていた。

そんな二人に気付いた報道陣が、
自動車業界に再デビューするのではとざわめき出す。

それを見てフェルッチオはスタンツァーニは
「本当にまた二人で車を造ったらどうだろう。」
と妄想プロジェクトで盛り上がるのだが、
ここにもう一人の登場人物が・・・止まっていた時間が動き出す!
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SMP24@TAKA

Author:SMP24@TAKA
車模型師
SMP24というブランド名で1/24の
スーパーカーのガレージキットを
製作しています。
以前はガレージキットメーカーで
3D設計をしてました。
趣味はロードバイク

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